05.11.2025
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Introduction
毎年のように日本に被害をもたらす台風。
その予測にAIを活用する動きが世界で急速に進んでいて、進路の予測精度は従来の手法を上回るという研究成果が、専門家などの間で大きな反響を呼んでいます。
「AI予報官」が人間の予報官に取って代わるようなことが、あるのでしょうか?
最新の実力と課題を取材しました。
ウェブサイトで予測結果の公開を始めたGoogle DeepMind社の担当者インタビューを後半に掲載しています。
“人間の予報官からAI予報官へのパラダイムシフト”?
今月下旬、横浜市で台風の研究者が集まる国際的なシンポジウムが開かれました。
台風のメカニズムに関する最新の研究成果が報告される中「人間の予報官からAI予報官へのパラダイムシフト」というタイトルの発表もありました。
発表したのは韓国気象庁のチャ・ウンジョンさん。
韓国気象庁では、AIの気象予測をテスト運用しているといいます。
AIによる進路の予測精度は高かったという検証結果を報告し、そのメリットを説明しました。
韓国気象庁 チャ・ウンジョンさん
「台風の予報におけるAI技術は非常にすぐれています。特に強調したいのは『継続的に利用できる可能性』です。人間の予報官と異なり、AIはどこでも、毎日、いつでも作業できます。予報業務における夜勤シフトの負担を最小化できます」
AIはどうやって台風を予報する
ふだん私たちが目にする予報と、AIを用いたものとは何が違うのでしょうか。
これまでの予報では、気象機関などが風の向きや強さ、気温、水蒸気量などの観測データから物理学的な法則に基づいてスーパーコンピューターで計算し、将来の大気の状態を推定しています。この計算に用いるプログラムは「数値予報モデル」と呼んでいます。
これに対して、AIを用いる場合は台風の進路や強度などを含む過去数十年分の大気の状態の膨大なデータをスーパーコンピューターで機械学習させた「AI気象モデル」を使います。
過去のパターンなどを学んだ「AI気象モデル」が現在の大気の状態から将来の状態を速やかに推定します。台風の場合、進路のほか、強度なども予測します。
“精度向上に驚き”AI予測の実力は?
韓国でも高く評価されているAI気象モデルの実力は、どの程度なのでしょうか。
AIを使った台風予測について研究している気象庁気象研究所の山口宗彦主任研究官に聞きました。
山口さんが指摘するのは「進路予測精度が大幅に向上している」という点です。
その背景にあるのは、山口さん自身が行った「AI気象モデル」と「数値予報モデル」の精度比較です。
2021年から2023年までの3年間に発生した、64の台風を対象に進路予測がどの程度正確だったか、検証しました。
縦軸は、台風の中心位置の予測が実際とどれだけずれていたかを示しています。つまり、グラフが下にあるほど、精度が高いことを示します。
全体として、AI気象モデルのほうがよいことがわかります。例えば2日先の誤差をみると、その差はおよそ27キロ。率にして19%、従来の手法より改善できていたというのです。
気象庁気象研究所 山口宗彦 主任研究官
「数値予報モデルの進路予測の精度は改善しているとはいえ、その傾向が鈍化しているというのが現状なので、『19%』という数値が出てきたのは非常にびっくりしました。気象庁も含め各国の気象機関は、AI気象モデルに対して高い関心を持っていて、無視できない存在になっているのかもしれません」
山口さんが最も注目しているのが、ECMWF=ヨーロッパ中期予報センターがAI気象モデルを実用化したことです。
「ECMWF」の名前は、台風の予測をウェブで検索して比較した方なら、目にしたことがあると思います。
ことし2月に実用化したAI気象モデルは、各国の気象機関に情報提供を行っているといいます。ウェブサイトでも従来の予測とAIによる予測の両方が見られるようになっています。
さらに山口さんが驚いたというのは、実用化までの早さです。
気象庁気象研究所 山口宗彦 主任研究官
「AI気象モデルの予測精度が、従来の数値予報モデルと比べ、同程度かさらによくなる、という論文が出てきたのが今から3年くらい前です。3年くらいのスケールでAI気象モデルを作って実用化まで持っていったスピード感に驚きました。AI気象モデルが台頭した今、それをどう台風進路予報に活用するかによって、各機関の台風進路予報に色が出て、国際競争が激しくなるという可能性も秘めています」
巨大IT企業も参入 AI気象モデルの課題は?
さらにAI気象モデルの世界には、潤沢な計算資源を持っている巨大企業も参入しています。
グーグルのAI開発部門でロンドンに本社がある「Google DeepMind」社も15日先までの予測成果を公開しています。
急速に注目を集めるAI気象モデル、現状の課題はどのようなところにあるのでしょうか。
専門家の間で指摘されているのは、強度予測と説明責任です。
台風の中心気圧や最大風速の予測は、進路と同様、防災対応には非常に重要です。
先ほど紹介した、横浜でのワークショップで講演した韓国気象庁のチャ・ウンジョンさんによると、従来のモデルに比べて強度予測の精度はあまりよくなかったということです。
また、チャさんが指摘したのは、説明責任です。
現行の数値予報モデルは、物理法則に基づいてプログラムを作っています。例えば「気圧差に応じて風が吹く」というものです。一つ一つの原理に基づいて計算式を作っているため、予測と結果が異なった場合、その理由を説明することができます。
その一方、AIは統計学を用いているため、「ブラックボックス」ともたとえられているのです。
韓国気象庁のチャ・ウンジョンさん
「AIは入力と計算から結果を出すだけであって、背後にある仕組みを理解しているわけではありません。AIが現場で使われて、大きな災害につながった場合、私たちはどう説明をするのか、という問題もあるのです。AIと人間が協力するシステムこそが最善の解決策だと考えています」
気象庁もAI活用にむけ検討
台風の予報について、気象庁は2030年ごろに向けて情報の高度化を目指しています。
▼台風が発生する1か月ほど前から存在する可能性が高い領域を地図上で示せるようにするほか、
▼現在24時間ごとに表示している「予報円」を6時間ごとにし、
▼警戒が必要な地域を地図上でより明確に示すなど、技術開発を進める方針です。
台風情報の高度化に関する検討会の座長 横浜国立大学の筆保弘徳教授
「台風情報(の形式)はこの40年くらいほとんど変わっていない。日本は台風発生の24時間前になって『可能性があります』としか発表していなかったが、実はもっと前から情報があれば助かるという企業や農家がいる。できれば2週間前くらいから情報を出すようにすると検討会では決めた。AIなど、新しい技術を使って今までとは違う情報を出していくということになる」
また、気象庁は現在、他国のAIの活用事例を参考に特性や精度などの研究を進めています。
今後、過去の気象データを大量に学習させ、独自の「AI気象モデル」を開発したいとしています。
こうしたAI技術の活用は台風だけでなく、線状降水帯の予測精度向上にもつなげられると考えていて、
来年度(2026年度)の定員要求にはAIの開発など行う人員として、30人余りの増員を盛り込んでいます。
気象庁は「研究開発を進め、AI気象モデルと既存の予測のよいところをうまく生かして台風予測などに活用できるよう取り組みを進めていきたい」としています。
今後の展望は?
急速に注目を集めているAIを用いた台風の予測。大きな可能性を秘めていると同時に、検討しなければならない課題もあります。
今後について気象庁気象研究所の山口宗彦さんは「精度は非常によいので、どう活用するかは研究者や気象機関が調べていかなければいけない。ただ、すべての事例でAIがよいわけでもないので、どういう事例でAIがよいのか詳しく調べていく必要がある。従来の手法とAIの手法を組み合わせるといったアプローチも必要となってくると思う」と話しています。
Google DeepMind社担当者に聞く AI用いた予報の現在地
GoogleのAI開発部門Google DeepMind社は、ことしからウェブサイトで台風の予測結果の公開を始めました。
そのねらいや今後の見通しについて、担当者に話を聞きました。
Q.取り組みのねらいを教えてください
A.プロダクトマネージャー オリヴィア・グラハムさん
気象サービスを提供するのは気象機関の役割であり、私たちはウェブサイト上で「概算の結果であり、参考情報です」と説明しています。ではなぜ天気を予測しようとしているのか、なぜテクノロジーの分野で新しいツールを開発しているのか。このプロジェクトに携わる私たち全員、そして多くの人にとって気象は、傘を持つかという判断から、桜の開花時期の予測、さらには自然災害の際に避難するかなどの判断まで、日常生活に影響を与えていることは明らかです。そしてここ数年、AI技術が驚くほど急速に発展し、これまで非常に難しかった課題にも適用できるようになりました。当時専門家はAIがこれらの問題解決に役立つか確信が持てませんでした。そこで私たちが新しい技術を使ってこの重要な問題を解決しようと決意したのです。
Q.毎年新しいモデルを発表しています。なぜそんなに速い開発サイクルが可能なのでしょうか?
A.リサーチサイエンティスト フェラン・アレットさん
2つの理由があります。まず1つ目は、機械学習のスピードが非常に速いということです。AIという分野そのものの発展も非常に速いのです。
2つ目は非常に優秀で、情熱にあふれたスタッフがいるからです。
最新のモデルは最新のAI技術を導入しています。非常に高速なサンプリングを可能にし、数十、あるいは数百通りの未来を予測できます。
Q.5年後もしくは10年後、気象の分野でどのような変化や進歩があると思いますか?
A.フェラン・アレットさん
AIは非常に急速に進歩しており、気象にも非常に大きな影響を及ぼしています。今後どうなるか予測するのは難しいです。間違いなくモデルはより大規模になり、より多くのデータを取り込み、おそらくもっと多くのことを予測できるようになるでしょう。数年後には、AIを活用した予測が当たり前になり、気象予報士も日常の業務の一環として、簡単に使いこなすようになるのではないでしょうか。